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2014年9月12日金曜日

異端であれ

集団や組織の中にいると、大群で泳ぐ小魚のように、
知らず知らずのうちに周りの人と同じ方向に泳いでしまってることがある。
下手すると、その群の外にも果てしなく広がる大海があるということすら
考えられなくなっていたりする。
視野が狭くなる。想像力が欠如する。

基本的に人間嫌いだ。
個人としての人間はいいとして、社会的バックボーンを背負い、
複数のコミュニティに属する人間とつき合うこと、関係を構築することが
煩わしいと感じる。

できれば、どこにも所属したくないし、囲われたくない。
拘束されたくない。監視されたくない。
あらゆる利害関係から遠ざかり自由でいたい。
社会の中で生活するには邪魔になるような欲求を抱えながら、
日々、社会生活を営んでいる。

そんな手の内は、なるべく曝さないように暮らしているが、
たまに、ふと牙を剥くときがあって、厄介だ。
少しばかり気を許した親しい間柄の人に対して、
ついポロっとこぼしてしまい、後で後悔する。
たぶん、私のことを「政治的あるいは思想的に極端な人」だと思っただろう。
まあ、いいけど。

たとえばライブハウスで。
同じバンドを好きな人が集まる場所、同じタイミングで声を合わせたり、
跳んだり、手をあげたり、冷静に考えてみればカルト集団とそう変わらない。
気持ち悪いよね。
それでも、その場を離れれば何の利害関係もなく、
バラバラな思想を持った人達の集まりだから、許せるんだろうな。

みんなで一緒にハッピーにやろう!…というようなステージが苦手だ。
「みんなで一緒」なんてクソ食らえだ!と私の中のパンクな心が叫ぶ。
ライブに求めてるのは、抑圧された自由の解放、躍動、爆発。
それを感じさせて欲しいのだ。
馬鹿だったり、卑屈だったり、不幸だったり、マイノリティだったり、
そのギリギリの淵から叫ぶからこそ、心が震えるんじゃないか?

某バンドのFCの集まりに参加しなかったのも、そういうことかも。
気持ち悪いのだ。
普段のライブにも増して、その指向性が同調している集団。
ライブを楽しむだけならそれもいいけど、それ以外に
参加者同士がコミュニケートしなければならない事態になったら、
耐えられないかもしれない。私の神経が。
そこに、人間関係が発生して緩いコミュニティーみたいなものができると、
凄くめんどくさいことになりそうで、気が引ける。

だから、友達がいないんだな。

マジョリティーに飲みこまれて、息を潜めて生きるのはしんどい。
思考停止したまま、条件反射のように生きられれば楽だろうが、
そうはなりたくない。

夢想でもいい、考え続けろ。
孤独を畏れるな。
異端であれ。

自分へのエールだ。



4 件のコメント:

  1. はじめまして、こんばんは。突然コメントをお送りすることをお許しください。トーベンさんで検索したときにこちらのブログを目にして、時々読ませていただいておりました。
    9月12日の文章を読んで激しく共鳴したのでそれをお伝えしたくて書いています。
    自分も同じように感じているひとりです。ファンの緩いコミュニティが苦手です。とてもめんどくさい。ちょっとした上下関係みたいなものがあったりして。ファン歴長いのを誇示するような。
    「カルト集団とそう変わらない」っていうのにはニヤリとしてしまいました。
    ファンにまで気を遣ったり、ましてや同調したりする必要は断じてないと思います。
    私、nemuriさんといろいろ似ていると思います。
    ほんと突然ごめんなさい。
    気持ち悪がらせたらごめんなさい!
    でもあなたの文章読むの結構楽しみにしてるんです(^^)

    トーベンさんファンのひとりより

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    1. >匿名さん
      コメントありがとうございます。
      こんな身勝手なろくでなしの意見に賛同して下さって、たいへん勇気付けられます。
      ぜんぜん、気持ち悪いなんて思ってませんのでご安心下さい。

      ここに書いてあることは、負け犬の遠吠えみたいなものです。
      誰とでも仲良くなれるような人たちに対するジェラシーなのかもしれません。
      私には到底できないことですから。
      まぁ、それほど羨ましいとは思ってないのですが・・・。

      一人きりでまっすぐに立って、感覚を研ぎ澄ませていたい。
      でも、その時々で、すれ違っていく人たちとほんの一瞬、心を通わせるような出逢い方ができればいいですね。

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  2. nemuriさんの文章読むと勇気沸きます。
    どちらかというと私もそうなんです。nemuriさんのように確固たるものじゃなくて、もう少し情けない感じですが。
    時々は女子的な行動をするものの元来人嫌いで一人で自由にしていたい人間でして、グループが発生すると端に寄って、ついには飛び出すタイプです。

    出会いは一期一会がいいですね。初めて会った人とお酒を飲みながら本音を交わして盛り上がったけど、名前も職業も知らないままで。あの時のあの人、今頃どうしてるかなぁなんて、そういうのが好きです。

    親戚の集まりも、同窓会も苦手でもう10年以上行ったことないです。行くこと想像すると具合悪くなるんですよ(笑)
    でも孤独が平気かといえば、そうでもなくて中途半端でグラついています。
    ROCKのライブに通い続けるのは、不安や劣等感のある自分、中途半端な自分を肯定できるからでしょうか。


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    1. >kiyoさん
      少しばかりカッコよく書き過ぎてしまいましたが、本当は卑小な人間なんです。
      すごく周りに流されやすいんですよ。
      人の目を気にしすぎてるようなところもありますし。
      ですからこれは、自分への戒めとしての文章なのです。
      雰囲気に流されず、しっかりと考えて行動できる人間でありたいというのが、ささやかな目標です。

      社会生活不適合者にはなかなかなりきれないですけど、そのシステムからはみ出したROCKというものに憧れながら生きることで、心強い味方を得たように感じたりします。
      本当は一人ぼっちじゃない、と。

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