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2021年7月28日水曜日

【訃報】中野督夫さん R.I.P


センチメンタル・シティ・ロマンスの中野督夫さんが
お亡くなりになりました。


私にとっては、とくべんやフォークロックスのトクオさん。

最後にみたライブは2017年の↓↓こちらのようです。
湯川トーベン/関口誠人/中野督夫@Terra

錦糸町のパピーズで、よく弄られたのもいい思い出です。

心よりご冥福をお祈りします。



2021年4月5日月曜日

コロナが私にくれたもの


私が重度のライブジャンキーであることは、
このブログを見ればおわかりだろう。
2020年4月の緊急事態宣言発出以降、ライブイベントは中止になった。
ライブジャンキーにとっては死刑宣告のようなものだ。
ライブだけではない。旅行にも行けない。
外に飲みに行くこともできない。
楽しみにしていた語学講座も開講が見送られ、
家に居る時間が増えたのはいいが、もふもふできる猫がいない。
何を楽しみに生きていけばいいのか…と嘆き、虚ろな日々をおくった。
この虚無感を何で埋めればいいのか…。 

家での時間を持て余した私は、ついにNetflixに手を出した。
そして、ハマった。 

夢中になれるものがあるというのは、素敵なことだなぁ。
しみじみ。 

そんなわけで、コロナ禍において私の心の拠り所となった
大好きなドラマのことをブログに残しておくことにした。
いつもどおりの自己満足で。




2017年1月1日日曜日

あけおめ2017

遅ればせながら・・・

あけましておめでとうございます!

毎度毎度のことではありますが、更新が滞りがちのこのブログ、
ご覧いただいてる方はごく小数と思われますが、
何卒、今年もよろしくお願い申し上げます。

なにしろ、スマホでこと足りるようになってしまった為、
最近では家でPCを立ち上げることがほとんどなくなってしまい、
この体たらくですわ。

ツイッターだと、なかなか書ききれないようなことを
ダラダラと書いておきたいと思っているのですが、
私の生活態度がダラダラしてるせいで、空き時間を
有効に使えてないなぁ、と反省しております。
今年こそは、まめにアップしたいなぁ・・・。

そうそう、年女ですからね。
ちょっと頑張らんといかんね。





2016年4月13日水曜日

nemuriからの(たいして大事でもない)お知らせ・・・的なもの

あいかわらず、ブログ記事が一ヶ月ほど遅延しておりますが、
ちまちまと更新中。
近いうちに追いつくんじゃないかと楽観的に構えてるのですが、果たして・・・!?

そんな中、例のあの「hotspringからのお知らせ」というのが
ありまして・・・動転しました。
それはそれは、みっともないほどの見事な動転っぷりでありました。
ツイッターなどでご覧になった方もおられるかもしれませんが、
お見苦しかったことと思います。すいません。

そんなわけで、動転&動揺しまくりで、長崎行きの飛行機を
とってしまったわけです。
しかし、数日経って落ち着いて考えてみると、
ちょっと早まったかな、という思いもあります。
三浦くんの最後のステージだから、特別といえば特別なんだけれど、
ヘタに感傷的な気分を彼らのライブに持ち込むのはご法度というか、
似つかわしいことではないし、彼らの本意でもないと思うからです。
(直接きいたわけではないから、私の個人的な想像に過ぎませんが)
だから、こんな動揺したファンがどんよりとした想いを持って
ライブに行くのは迷惑なのではないか、ワンマンでもないし・・・
という気がしてきて、長崎行きを取り止めることも考えました。
でも、結局行くことにしたのは、航空券のキャンセル料が勿体ないという
ケチくさい理由が大きかったというのはここだけの話です。

あのクルクルでふわっふわの髪を揺らしながら、
イノクチくんの隣でギターを弾く三浦くんが見られなくなるのは、
それはそれは寂しいことです。
でも、前途ある若者が自分で決めた道に踏み出そうとしているのは、
決して嘆くべきことではありません。
彼の決断は、辛くて苦しい、でも希望のある決断だと思うのですよ。
前向き、ポジティブ。
だから、hotspringのファンとして、人生のセンパイとして、
笑顔で送ってあげたいのです。

すでに各地のライブ会場で、三浦くんのラストステージなんて
告知が出ていますが、そんな女々しいライブはしていないだろうし、
こっちとしても「そんな湿っぽいもん見せんじゃねーぞ!コノヤロー!」
ってくらいの気迫でフロアに立っていたいわけですよ。
最後まで「キュンキュンさせやがれ!コノヤロー!」と言いたいですわ。

そして、残った3人。
こちらも決断をしました、hotspringを続けるということを。
もちろん、私も引続き応援していくつもりです。
今後のライブについては、サポートを入れながらということになるようですが、
その先の展開については不透明にならざるを得ません。
でも続けるという道を選んだからには、それなりの覚悟を持ってのことでしょう。
その覚悟ってやつをドーンとライブでぶつけて欲しいですね。



なんだか、とりとめもなく書き散らかしてしまいましたが、
そういうことです。
ご心配おかけしておりますが、私は元気です。



2015年4月17日金曜日

【緊急告知!!】新木場へ行こう!

からっきしクジ運、及びチケット運のない人間です。

・・・そう思って今日まで生きてきた。
FC先行でも良番チケットを手にすることは滅多にないし、
プレイガイドの先行で一般発売より後ろの最後方席を当てたことあるし、
とにかく、ツキに見放された女だったのですよ。
と、サラリと過去形で言ってみた。
そう!
なんか、突然、運が向いてきたみたいで、

音楽と人 LIVE 2015『ROLLING THUNDER REVUE』

これ↑↑ のライブモニター(4月18日)に当選してしまったのである。

すごーい!私って、ラッキー!!!
・・・・・・けど、もうチケット買ってしまったのだよ!!
しかも、ぴあのリセールでそこそこの良番チケットを自力で手に入れたのだよ!
7500円払ったよ!
というわけで、当選してもまったくメリットがない。
結局、あんまりツイてるとは言えないんだなぁ・・・。

というわけで、hotspringのステージが見たいけど
チケット代が高くて行けない、と諦めていた人がいらっしゃいましたら、
当方までご連絡下さい。
メールは、nemuri69☆hotmail.co.jp(☆→@ に変換)まで。
ツイッターのリプやDMでも結構ですよ。

開場前に、受付で身分証明書を提示するように指示されてるので、
どういう形で入場できるのか詳細は不明なのですが、
おそらく整列入場の最後尾に入れてくれるのではないかと思います。
12時開場ですので、11時半くらいに新木場へ来ていただく必要があります。
よろしくお願いします。

新木場から日比谷という移動も案外近くてアリですよ。
フラカン@野音に行く予定の人も、是非ご検討下さい。






2015年1月31日土曜日

徒然なるままに~ Stayin' Alive ~ B面

この前のつづき。


画像は、私は持ってない通常盤の方のジャケ写。
アルバムをiTunesに取り込むと、こっちの画像が登録されてたわ。
私はどっちでもかまわないんだけど。
どっちにしても、竹安がビミョーにおかしいから。

Stayin' Alive




祭壇
イントロを聴いた瞬間「スタイル・カウンシルか!?」と
突っ込んだのは、私だけでしょうか?
このラテンのリズムは新境地だな。

で、祭壇って、やっぱりあのお葬式の祭壇なのね。

この世は好物だらけだぜ
イントロのリフとか、圭介の「Oh!Yeah!」とか、
これまた「ヴァン・ヘイレンか!?」と突っ込んでしまった。
限りなくL.A.メタル風味。
そして、ハエになるというネタが、いかにもせっちゃんらしい。
実際は別録りしてるのかもしれないけど、
竹安が嬉々として、せっちゃんとギターバトルしてる姿が目に浮かぶね。
いや、竹安だけじゃない。
メンバー全員、せっちゃんと演ってることが嬉しくてしょうがないの。
尻尾をブンブン振って、なついてる感じが伝わってくる。
あのベースライは飛び回るハエのイメージだよね?

『あの高い場所へ』から、もう20年くらい経つのかな?
あの曲とは逆に、せっちゃんが圭介の上のパートを歌ってて、
いろいろと感慨深いですわ。

感じてくれ
いきなり「愛して」と愛を乞うのはいいとして、
「助けてくれ」とは、いったいどういうことなのだろうか?
そんなに弱ってるの?弱音なの?それとも甘え?
・・・と、いきなり戸惑わせる出だし。

結局のところ、なんだかよくわからないまま、
ギターの音色に心を持っていかれる展開。
今までは歌に遠慮してるところがあったと、どこかのインタビューで
言ってたけれど、このことか!と思った。
圭介の歌を喰うくらいに竹安ギターが唸りまくっていて、
歌にならなかった本当の歌を鳴らしているようにも思えた。

未明のサンバ
これも、まだ掴めないわ。
最後の歌とギターのリフレイン、どこまでも続いていくような
昇っていくようなフレーズは、すごくポップで美しい。
このループする浮遊感のあるポップなメロディーにのると、
圭介の歌声の存在感が凄まじいことに嫌でも気付かされる。
決してイージーリスニングにはならない声だな。

マイ・スウィート・ソウル
サビの歌詞「残せるものはオレのにおいだけ」だと思い込んでいて、
珍しく男っぽい、しかも女を残して去っていく流れ者の
プレイボーイ風になってるな~、と思ってた。
で、歌詞を見て驚いた。
「骨のにおい」だって・・・?
それじゃ、まるで遺言じゃないか!!?
しかも、病院のベッドで目覚めるシチュエーションってことで、
すべてが“夢オチ”という可能性も出てきた。
そう、このアルバム全体に漂う死の影、崩壊していく世界、
そういったもの全部が「悪い夢」だったという解釈すらできる。
・・・とは言ってみたものの、あれが「悪い夢」だったら良かったけど、
目覚めても、やっぱりキナ臭い傾いた世界だったんだろうな、きっと。
なんだか笑えてきたのは、あれが「悪い夢」だったという
微かな希望を抱いた自分の青臭さにだろうか。

まぁ、曲の解釈はいろいろだが、ライブが楽しみな曲ではある。
楽しそうにステップ踏みながら弾いてるGの姿が
頭に浮かんできてしょうがないんだもの。

なのに、アルバムの中でこの曲が一番せつなくて、
泣けてしまうのはナゼだろう?・・・と考えていて、はっと気付いた。
「どんなときでもおまえを感じている」・・・おまえっ!!!?
あぁ、やっとこっちを見てくれたんだ、圭介。
今までも、並んで歩いて、そばにいる「君」の存在はあったけど
真正面から向き合ったことはなかったのではないだろうか。
やっと「おまえ」と、真っ向から呼びかけてくれた。
私の存在を認めてくれたのだ。
だから、泣けてしまうのだ。



あちこちのインタビューで「大人のアルバムになった」と
話していたけれど、本当にそうだな。
圭介の視野の広がりとか、最期へ向けたカウントダウンとか。
それと、あれほど過去とか思い出に執着していた圭介が、
ノスタルジーを打ち消すような言葉(『死に際のメロディー』)を
使っていてるのも、気になるところだ。

このアルバムで歌われる“死”との距離感は、10年前のそれとは違う。

表裏一体。
死を見つめることは、生きている今この瞬間を見つめることと等しい。
そして、生きていること、生きていくことを考えれば考えるほど、
いつか死ぬということが大きく目の前に立ちはだかって、
目を背けるわけにはいかない。
そんな距離感。



勝手にあれこれ妄言を吐かせてもらったけれど、
あいかわらず、私の戯言にオチはなく、こんな感じでフェイドアウト。



2015年1月22日木曜日

徒然なるままに~ Stayin' Alive ~ A面

ただいまヘビロテ中なのは、もちろんフラカンの新譜。

Stayin' Alive



一聴した途端に「大好き!」・・・とはならなかったのだけれど、
音楽を咀嚼するのに時間がかかるタイプの人間なので、仕方ない。
というか、フラカンの場合、繰り返し聴いて、考えて、また聴く。
この消化する過程が愛しいのであるよ。
ライブで聴くようになると、また印象も変わってくるし、
じっくりと時間をかけて味わっていこうと思っとります。

この新譜を聴いてると、いろんな思いが湧いてくる。
そのへんのことをダラダラと書いてみたい。
ちょっぴりレビューっぽいテイストも入ってくるけど、
あくまで私の脳内百景を綴ったものなので、ご了承下さい。



short hopes
ギターのリフと緊張感のある鍵盤がカッコいいなぁ、と聴いていると、
圭介の歌う言葉が三人称であることに驚かされる。
ついに圭介が自分の中から飛び出した視点で描くようになったのか・・・と
とても感慨深い一曲。

本人いわく「ロバート・アルトマンの群像劇のイメージ」だとか。
そうか、アルトマンか。
それで、すぐに思いついたのが「ショートカッツ」だった。
ヒューイ・ルイスが立ち小便するシーンがいまだに忘れられないのだが、
それ以外はさっぱり思い出せなかった。
群像劇って、キャスティングが華やかでテンポよくて見やすいのだが、
ストーリーが散漫になってしまって、印象に残らないんだよねぇ。
一時期、この手法が流行って、やたらとこの手の映画が多かったような気がする。
最後にカエルが降ってきた映画があったけど、あれは何だったっけ?


地下室
最初にライブで聴いてから、ずっと「大事なものは自分の中にはない」という
言葉の意味を量りあぐねていたのだ。
歌詞カードを読んでも、その真意を掴むことはできなかった。
ライナーノーツを読んで、このアルバム全体を繰り返し聴くことによって、
やっと、おぼろげに理解できたような気がした。
それは、つまり、鈴木圭介がオトナになったのだということだろう。
30歳を過ぎても、40歳を過ぎても、ずっと中年中学生であり
ハタチ族であるという精神構造だった圭介。
自分の周囲半径30センチというミニマムな世界の中で、
自分という人間の中身を最深部までどんどん掘り下げて、
突き詰めた結果の答えが「大事なものは自分の中にはない」ということ。
言いかえれば「大事なものは自分の外にある」ということだ。
他者との係わりようや、自分の外部である世界との向き合い方の中にこそ
大事なものがあるのではないだろうか。
少なくとも私は、そう感じている。とくに最近。


星に見離された男
イントロで「イエスかっ!?」と突っ込んだのは、私一人じゃないよね。
サビでは、クイーンみたいなロックオペラになってるし・・・面白い。
こういうのがフラカンらしい、ってことなんだろうな。
早くライブで聴きたいわ~。

最初に就職した会社の先輩諸氏にロック通の人が多く、
私も一緒になって聴いていたなぁ。懐かしい。
プログレとか聴くと、なんか高尚な感じがして、
私もオトナになったなぁ、なんて思ったものだ。
そういう感覚自体が子供っぽいものなんだけどね。
当時仲良くしてくれた、先輩のY崎さん、お元気だろうか?
一緒にボン・ジョビやクラプトンを観に行ったよな~。
あっ、ポール・ウェラーのNHKホールも一緒に行ったっけ・・・。
あっ、PSYCHEDELIXも・・・。


死に際のメロディー
これ好きだ。
私好みのフラカンらしい地味曲だ。
なにやら物騒なタイトルがついてるけれど、
中身はじわっとくる、いつもの圭介節で少しホッとする。
年をとるってことは・・・最期のときが近付いてるわけで、
“死”というものが射程距離に入ったという感覚が
このアルバム全体に満ちているのは、圭介らしいといえるだろう。

地味曲といえば、竹安のギターソロが冴えてると相場が決まっとる。
けど、このアルバムは、ギターソロのカッコいい曲が豊作なので、
あんまり目立たないかも。


東京の朝
イントロからAメロにかけてのコード感が、フラカンには珍しい感じ。
朝の澄んだ空気のような綺麗なメロディーがせつない。



2015年1月2日金曜日

2015年

あけましておめでとうございます。

新年早々、すでにライブへ行ったりして、
ある意味私らしい正月を過ごしております。

2015年は、私というか、我が家にとっては節目の年となります。
我が愛猫のちゃたろう氏が、なんと20歳(ハタチ)になるのです。
人間の年齢に置き換えると、90~100歳といったところでしょうか?
とにかく、たいへんな高齢です。
今のところ、食欲もあり、病気もせず、元気にしておりますが、
いつどうなってもおかしくない年齢ということで、
心の準備だけはしているつもりです。

猫というのは、人間の2歳児程度の知能だそうで、
つまり、一番人間の母性本能をくすぐる「永遠の2歳児」という
ポジションのまま、死ぬまで可愛らしいままなのですよ。
ずるいなぁ・・・。


基本的にブログには、あまり猫のことを書かないつもりです。
それは、うちの猫がカワイイということが評判になり、
ブログのアクセス数が増え、私がカリスマブロガーと呼ばれ、
マスコミからの取材依頼がきたり、本を出しましょうとか、
グッズをつくりましょうとか・・・(果てしなき妄想は、割愛)
というようなことになると、老猫の平穏な生活が脅かされますので。

しかし、まぁ、メモリアルイヤーくらいは、
ちょっとだけ盛り上がってもいいかなぁ、ということで、
今年も、よろしくお願いしますニャー。






2014年12月31日水曜日

大晦日に蔵出し

今年ももうすぐ終わってしまいますが、
今年は参加したライブの本数が、異常に多くて、本当に異常事態。
なかなか記事を仕上げることができなくて、
下書きのままで残ってしまったものが多かったな~。
もう、今更書き上げることはないでしょうから、
思い切って下書きのまま、まとめてアップすることにしました。

読む価値などないですが、一応、私個人の記録として、
残しておこうかと思ったのですよ。

それでは、みなさま、よいお年を。



2014年12月4日木曜日

爆音の中で黄金を見たか?

音楽を聴くというのは、純粋に音(サウンド)だけを
耳で拾う行為ではなくて、そこには聴き手の主観が必ず入る。
聴き手が頭の中で勝手にイメージを膨らませ、
音と重ね合わせて、そのイメージまみれになった音を
咀嚼して味わっているのだ。
そもそも、イメージを作り出す聴き手が存在しなければ、
ただの音の羅列、ノイズでしかなく、音楽という概念も存在しないだろう。

すぐれた音楽というのは、聴き手の頭に
どれだけ豊富なイメージを抱かせるかで決まるのだと思う。

・・・・・・・・・。

私のクールなキャラが崩壊しているというご指摘を受けまして、
ちょっと建て直してみましたが、いかがでしょうか?
・・・っていうか、私そんなキャラだったの???
素っ気ない文章を書くせいかな~?

まぁ、どんな風に思われててもいいのよ、私のことなんて。
なんてったて、愛を叫んじゃったからな~。
やらかしちまったな~、と思わなくもないけど、
書いてスッキリした部分もある。
これから長い目で、あの若者たちを(勝手に)応援していこうと
腹が据わりましたよ。

というわけなので、もうちょっとホトスプをネタに書いていい?
私が、彼らの音にどんなイメージを重ねたのかということを。
これを書き始めてる今の時点では、何のオチも
思いついてないので、書きながら考察していく感じだけど。


ライブでは、ただただロックンロールの勢いに飲まれ、
イノクチくんの目に射抜かれ、バンドの佇まいに見蕩れ、
圧倒的な熱量の渦の中に放り込まれてしまったので、
記憶があまりない。

ただ、ライブの後、「THREE MINUTES GOLD」を聴き返してみると、
感情移入の仕方がゴロッと変わってしまったのだ。
イマイチ、ピンとこなかった曲までビシバシと響いてくる。

とにかく、青臭いのだ。

かつて、自分が若かったときに抱えていた傲慢さや、正義感や、
焦燥感や、無力感・・・そういったもの全部をひっくるめて、
私の鼻先につきつけられてるような感覚になる。
その青臭さに対するノスタルジーと、それらを遠い過去に
置き去りにしたまま惰性で生きてることに対する罪悪感で、
胸がチクリチクリと痛むのだ。
生きるということは、これほどに痛みを伴うことだったのか、
ということを思い出させてくれると同時に、
それを忘れていた自分の感性の鈍さに呆れたりもする。

とにかく、揺さぶられるのだ。

このインタビュー記事。
hotspring | INTERVIEW | WHAT's IN? WEB
インタビュアーが、やや上から目線なのが、どうも鼻について
引っかかるんだけど、言ってることは的を得ている。
イノクチくんの中に“ゆらぎ”を見て、そこが魅力だと言うあたり。
まったく、その通りだ。
私もその“ゆらぎ”に魅せられた口だ。

壊れやすいもの、移ろいやすいもの、不安定なものの中にこそ
美しいものを見出して、心惹かれるのは、人の性なのだろう。


ところで、ライブ後の物販で、1stアルバム「Electric Queen」
を買ったのだが、これを「THREE MINUTES GOLD」と
聴き比べてみると、更に見えてくるものがある。

この2枚の間に、ミニアルバム「VOID」を出しているけど、
まだ手に入れていないので、その隔たりがわかり易い。

東京へ出てきて最初に出したアルバムも、
ストレートでかっこいいロックンロールなんだけれど、
どこか無邪気で、人懐こさを感じる。
イノクチくんの声がささくれてはいるものの、
よい意味で能天気な響きもある。

それから、時間にすると2年か3年がたった「THREE MINUTES~」を聴くと、
その間、ぶつかって、足掻いて、もがいて
それでもロックンロールを信じて進んできた彼らの姿が
目に浮かぶようなのだ。

聴く人が聴けば、それは明らか。
それをこと細かに解説するなんて、無粋なことはやめておこう。


・・・で?
オチは?

とにかく、聴けばいいのだ。





私もまだちゃんと見てないのだけれど、
新しい動画がUPされてたので、貼っときます。

ちなみに、ボーカルの萌えポイントは「天国行きのチケット~♪」の
「ケット」の辺り。








2014年12月3日水曜日

ネットの片隅で愛を叫ぶ

察しのいい方はもう、これから私が何について書くか、
勘付いておられることでしょう。
・・・そう、その通り!
あの若者たちについて、語りたいのであるよ。

あー、またかよ・・・と呆れられてることでしょうが、
願わくば、しばしお付き合いいただければありがたい。
前にも言ったことあるけれど、恋の始めは、
誰彼かまわず話をきいてほしいものなのよ。



そもそもの始まりは、夜ストの三浦さんがツイッターで、
hotspringのことを「これがロックンロールだ!」というような
褒め方をしてて、そういえば、福岡のtokageさんが、
以前ブログで絶賛してたなぁ、と思い出したのだった。

このお二人のバンドを見る審美眼(眼じゃなく耳かな?)を
私はかなり信頼しているので、これは要チェックだな、と。
で、tokageさんに最新アルバムをお借りして、
ほうほう、こりゃ活きのいいロックンロールバンドだわ、と
ライブで観られるのを楽しみにしていたのだ。

そのライブでの感動は、前述のとおり。
あれでも、かなり抑え気味に書いたつもりだ。
それが書き足りなかったせいで、この文章を書いてるわけだが。
なので、その書ききれなかった部分を書きつつ、
愛を叫ぶぞー!



開演前、レッドクロスのビール(エビス)をキメながら、
まだ少しガランとしてるフロアを見渡すと、
一人の若者が目に止まった。
事前にビジュアルまでは確認してなかったんだけど、
ジャケ写の他、数枚のアー写だけは見たことがあったので、
それがhotspringのメンバー(たぶんボーカル)だとわかった。
そのときの“たぶんボーカル”の男の子の表情が、
本番前の緊張と放心の間を彷徨っているような顔つきが、
ずっと目に焼きついて、今も忘れられない。
後で思えば、このときすでに恋が始まっていたのかもしれないな。
・・・なんてことを恥ずかしげもなく思ってしまう45才。
イタくてすいません。

その後観たライブに心を打たれたからこそ、
この光景が忘れ難いものとして、心のハードディスクに
保存されたのだということは、説明しなくてもいいよね。
(説明しちゃったけど)

そして、心配になる。
20代の若くてカッコいい男の子が、私なんかが夢中になるような
ある意味古臭いロックンロールバンドなんてやってていいのか。
若い女の子のファンなんてつかないかも・・・。
人気が出なくて苦労するかも・・・。

若くて駆け出しのバンドマンなら、みんな悩むだろう。
自分たちがカッコいいと信じてやってることは、間違ってるのか?
自分たちの鳴らす音楽は、どこかへちゃんと届いているのか?
そんな不安を抱えながら、日々暮らしていることだろう。

だから、いい歳をして、ネットの片隅で叫ぶしかないのだ。
君たちの音は、ちゃんと私の胸に届いたよ、と。
それは45才のオバちゃんが感動して涙するくらいの力は持っていたよ、と。

個人的にメールでも送って伝えればいいのかもしれないけど、
それこそ、いい歳して、そんな恥ずかしいもの書けんわ!
ファンレターなんて、ラブレターと一緒だから!



カッコいいPV ↓↓




でも、映像がカッコよすぎて、本当に彼らが伝えたいことや
彼らの音楽の良さが前面に出てないような気がして・・・。

つまり、バンドの真価はライブにあり!ということが言いたいわけで、
ロックンロールなんていう野蛮な音楽が好きな方々には、
是非一度、ライブハウスで、その衝撃を体験していただきたい。
よろしくお願いします!(←勝手に身内気取りで、すんません)





よく「間に合わなかった」って言うでしょ?
「ブルーハーツには間に合わなくて、ライブで見たことはない」とか
「バースデーは好きだけど、ミッシェルには間に合わなかったのが悔しい」
とか、そういうやつ。

バンドが解散しなくても、「あのどしゃ降りの野音」とか
「あの××との対バンのライブ」とか、後々語り継がれるようなライブ。
「間に合わなかったな~」と悔しく思うことってあるよね。

hotspringも、いつかそんな伝説を作るかもしれないよ。
今ならまだ間に合いますよ。




2014年10月12日日曜日

Top Of The Mountain

最近、ビリヤードを始めた。
「始めた」と言ってもゼロから始めたわけじゃなく、
人生で3度目くらいのマイブーム。
このブーム、ほぼ10年くらいの周期で巡ってくるのはナゼだろう?

ビリヤードっちゅうのは、それはそれは奥の深いゲームでして、
私みたいに、適当にヘラヘラ撞いてるだけで上達するような
甘っちょろいもんじゃないのですよ。
まぁ、これはあらゆるスポーツ、芸事に通ずることですな。

基本的に何事においても、まず理論的なことを理解してからでないと、
技術の習得が出来ないという、頭デッカチな体質の私。
入門書と呼ばれる書籍が大好きなのである。

十数年前に買った本を出してきた。

ザ・ビリヤードA to Z


今読んでも、面白い。
この本、“為になる”というレベルを超えて、
純粋に読み物として面白いことが書いてあるのだ。
著者のビリヤードについての考え方が、とても懐が深く、
そのビリヤード観が、人生観に重なって見えてくる。

「ビリヤードを征服しようとするのではなく、
わずかなズレを許してもらって、玉をポケットする」
なんだか、人生哲学のようにきこえてくるから不思議だ。

精密機械のような精度を求めても仕方がない。
人間なのだから、さまざまな外的、内的要因に影響を受ける。
そこを乗り越えていくには、一本筋の通った精神性が必要なのだ。

たかがビリヤード、されどビリヤード。
どんな道でも究めれば、一つの真理に導かれるものなのだろう。
どの登り口から始めても、辿りつく頂は一つだから。

その頂上からの眺めはどんなだろう?
果てしなく凡人の私は、あちこちの麓からそれを見上げ
ただ想像してみることしかできないのだけれど。




2014年10月10日金曜日

愛しのライブ盤

ひょんなことから、レアなライブ音源を頂戴してしまった。
ありがとうございます!
GOODです!GREATです!

時期的には10年以上も前のものだけど、
基本的には今とそう変わっていないように思う。
ただ、ほんの少し、荒っぽいところがあるかもかなぁ。
もちろんいい意味で!

ついでなので、私も荒っぽく言わせてもらうけど、
ライブなんて熱量が勝負だと思うのよ。(おお、荒っぽい!)
どれだけ、フロアの温度を上げるかってことが大事なわけ。
極論ですな。

まぁ、こういうことは全くの個人的嗜好の問題だ。
私だって若いときは、ライブ盤の雑な音が苦手で、
あんまり聴かなかったもんねぇ。
その生々しさの魅力に気付いてなかったんだな~。

そんなライブの熱をギュッと圧縮して、封じ込めて、
聴くと興奮して、心拍数がどんどん上がっていくような、
お気に入りのライブ盤たちをご紹介しましょう。
(そんなニーズはないだろうけれど!)
スタジオ録音では決して感じられない、熱いものが迸っておりますよ。



現在ヘヴィロテ中なのは、これ↓↓

「SPIKE DRIVER LIVE」 THE PRIVATES

このアルバムを聴かなかったら、ニューアルバムを買うこともなく、
インストアに行くこともなく、恋には落ちることはなかった。
そんな恋の真っ只中に立っているので、何一つ冷静に語れる言葉がない。
とにかくいい!痺れるっ!
・・・それだけ。



「ANIMATIONS LIVE!」 アニメーションズ

これも激熱!
私が奇妙くんに惚れてる理由の90%が詰まっている。
・・・さて、残りの10%は何処だ?



「ROUGH TRIANGLE」 THE GROOVERS

メーカー在庫切れを宣告されてから、奇跡的に手に入った
まさに宝物のような一枚。
もちろん、内容も宝物級。
ギターのカッティングの音の生々しさに、お腹が捩れた。



「LIVE HOUSE LIVE 2007」 うつみようこ&YOKOLOCO BAND

スタジオ録音を聴いてるだけじゃ、
ヨコロコの魅力の半分も伝わってない気がするんだよね。
あれ?ディスってるように聞こえちゃう?
すいません、ここだけの話にしといて下さい。
つまり、ヨコロコのライブがめちゃくちゃ素晴らしいということ。
とくに、ようこさんのヴォーカルの破壊力が凄まじい。
オトコマエ!



「フラカン一座、熱狂低気圧 磔磔ライブ」 フラワーカンパニーズ

フラカンのライブ盤の中では、これが一番だわ。
セトリがいいんだよねぇ。
この『モンキー』聴くと、アドレナリンがどばっと出る。
そして、フラカンのことを愛さずにはいられなくなること間違いなし。


2014年9月12日金曜日

異端であれ

集団や組織の中にいると、大群で泳ぐ小魚のように、
知らず知らずのうちに周りの人と同じ方向に泳いでしまってることがある。
下手すると、その群の外にも果てしなく広がる大海があるということすら
考えられなくなっていたりする。
視野が狭くなる。想像力が欠如する。

基本的に人間嫌いだ。
個人としての人間はいいとして、社会的バックボーンを背負い、
複数のコミュニティに属する人間とつき合うこと、関係を構築することが
煩わしいと感じる。

できれば、どこにも所属したくないし、囲われたくない。
拘束されたくない。監視されたくない。
あらゆる利害関係から遠ざかり自由でいたい。
社会の中で生活するには邪魔になるような欲求を抱えながら、
日々、社会生活を営んでいる。

そんな手の内は、なるべく曝さないように暮らしているが、
たまに、ふと牙を剥くときがあって、厄介だ。
少しばかり気を許した親しい間柄の人に対して、
ついポロっとこぼしてしまい、後で後悔する。
たぶん、私のことを「政治的あるいは思想的に極端な人」だと思っただろう。
まあ、いいけど。

たとえばライブハウスで。
同じバンドを好きな人が集まる場所、同じタイミングで声を合わせたり、
跳んだり、手をあげたり、冷静に考えてみればカルト集団とそう変わらない。
気持ち悪いよね。
それでも、その場を離れれば何の利害関係もなく、
バラバラな思想を持った人達の集まりだから、許せるんだろうな。

みんなで一緒にハッピーにやろう!…というようなステージが苦手だ。
「みんなで一緒」なんてクソ食らえだ!と私の中のパンクな心が叫ぶ。
ライブに求めてるのは、抑圧された自由の解放、躍動、爆発。
それを感じさせて欲しいのだ。
馬鹿だったり、卑屈だったり、不幸だったり、マイノリティだったり、
そのギリギリの淵から叫ぶからこそ、心が震えるんじゃないか?

某バンドのFCの集まりに参加しなかったのも、そういうことかも。
気持ち悪いのだ。
普段のライブにも増して、その指向性が同調している集団。
ライブを楽しむだけならそれもいいけど、それ以外に
参加者同士がコミュニケートしなければならない事態になったら、
耐えられないかもしれない。私の神経が。
そこに、人間関係が発生して緩いコミュニティーみたいなものができると、
凄くめんどくさいことになりそうで、気が引ける。

だから、友達がいないんだな。

マジョリティーに飲みこまれて、息を潜めて生きるのはしんどい。
思考停止したまま、条件反射のように生きられれば楽だろうが、
そうはなりたくない。

夢想でもいい、考え続けろ。
孤独を畏れるな。
異端であれ。

自分へのエールだ。



2014年8月29日金曜日

フォークの爆発、5秒前。

フォー爆は、ネタばれの恐れがあるので、
ツアー終了後に公開することにします。

・・・って、今の時点でぜんぜん書けてないのですが。



2014年8月1日金曜日

めんどくせー

好きな音楽とか映画とか小説のことを書きたくて
このブログを始めたはずなのに、今回もまた、それとは関係のないネタ。
しかも、病気ネタ!?

まぁ、病気ってほどではないのだけれど、
40年もたいしたケアもせずに生きていると、
何かしらの不具合があちこちに出てきて当然だよね。

ということで、ここ最近の私の健康状態についてのご報告。
45歳のオバサンの体調に興味のある人なんていないでしょうが・・・。



まず、一つ目の異変。
歯茎が腫れた。
上の一番奥の歯のところ。
こりゃ虫歯だな、と思って歯医者に行くと、
虫歯じゃなく「歯石がたまって歯茎が炎症をおこしている」
とのこと。
「ずいぶん歯石が付いてますねぇ、全体的に」と言われてしまった。
すいません・・・。

おそらく遺伝的なもので、虫歯になりにくい体質だと自負している。
そのせいで、どんどん歯磨きはテキトーになり、
歯医者でのクリーニングなんて、ほとんどしたことない。
一番奥まで歯ブラシが届いてないことは、うっすら知ってたけど、
特に気にもせず、デンタルフロスや歯間ブラシとは無縁のまま
現在に至る。
そして、歯茎が炎症を起こす、と。

歯石を取ってもらった後に、手鏡と舌ブラシ(で、あってる?)を
渡され、舌苔をとる指導まで受け、自分のオーラルケアの
なってなさにダメ出しをくらった気分になった。
しゅん・・・。

あーあー。
そんなに手間かけてやらなきゃダメなのか!?私の歯よ!

とりあえず、ワンタフトブラシの購入を検討中。
フロスも使った方がいいのかな~、めんどくせ~。
普通に歯を磨くだけでも、めんどくさいと思っている無精者に
そんな習慣が身に付くのだろうか・・・。



もう一つは、まだ病院に行くほどではないのだけれど、
ここ一ヶ月くらい気になる症状があるのだが、
それは、足裏痛。
調べてみると、どうやら「足底筋膜炎」と思われる。
朝起きたとき、デスクワークを続けた後に立ちあがったとき、
とにかく“一歩目”が痛いのである。
そのまま歩き続ければ、すぐに痛みはなくなる。

原因は、筋肉が硬くなってしまい、急に引っぱられたときに
痛みを感じるということらしい。
たしかに、小さい頃から足首が硬い方だと思う。
踵を床につけたまましゃがむことができないからね~。
そういう人は、足底筋膜炎になりやすいらしい。

酷くなると、痛くて歩けなくなったりするらしいから、
今のうちに対処しておかなくちゃ大変だ。

とりあえず、ふくらはぎと太もものストレッチ。
あと、足首回し。
あんまり急激にギュウギュウやっても、却って筋肉を傷めるので、
ゆっくりと時間をかけて、やさしく・・・(と、自分に言いきかせる)

まだ始めたばかりで、改善の兆しはないけど、
歩けなくなると困るので、気長にやりますわ。



ああぁ・・・。
年をとるってことは、なんてめんどくさいことなんだ!
でも・・・。
めんどくせーけど、めんどくせーけど、愛してやろうか♪



2014年7月30日水曜日

不買運動

毎日、Twitterを見るのが辛い。
ガザの悲惨で凄惨な状況で、TLが埋め尽くされることが多い。
それなのにテレビでの報道は少ないし、
ニュースで取り上げても、あくまでイスラエル擁護のスタンス。
世界中で起こっている、イスラエルを非難するデモについても
ほとんど取り上げられることはないようだ。
・・・何かおかしい。

無知は罪だ、と猛省する毎日。
パレスチナのこと、隔離政策のこと、紛争のこと、
幾度となく私の目の前をよぎったはずなのに、何も知ろうとしなかった。
ネットで検索してみるだけで、膨大な量の情報を簡単に得られるのに、
今までは、そうしてこなかったのだ。

国家とか人種とか宗教とか、複雑な問題は多々あって、
それぞれの立場で言い分はあるだろうし、立っている場所によって
見える事実も違うということはわかる。
それでも、知れば知るほど、イスラエルのやり方は非道で、
現在のガザの状況は、内戦とか戦争というより、
虐殺、ジェノサイドと表現するべきものだと感じる。
悲しくて、腹立たしくて、涙が出る。

自分にできることを探した結果、
ささやかながら不買運動をすることにした。
その対象は、マクドナルドとスターバックスコーヒー。
身近すぎて、避けるのに苦労しそうだわ。

もちろん、他にも多くの有名なグローバル企業が、
イスラエルを経済的に支援しているので、
興味のある人は、検索してみるといいだろう。

なのに、マックの下請けの中国工場があの体たらくで、
売上げが15%減だとかニュースになってて、
イスラエルに対する抗議の不買運動のはずが、
まったく霞んでしまっておるのが残念だよ。

そして、新たな懸案事項が一つ。
秋には、ブーツを買うつもりだったティンバーランドの名前が
これらの企業群の中にあって、本当にガッカリした。
どなたか、アウトドア用のブーツでいいのがあったら
情報を教えて下さい。
よろしくお願いします。







後日追記

ネットで出回っている不買運動の対象である「イスラエル支援企業のリスト」が、
どうも胡散臭い・・・らしい。
なので、どんな情報も鵜呑みにしないでいただきたい。
自分でよく調べて、自分の責任で判断することが、
情報の溢れるこの社会では必要なのだなぁ。

ただ、私個人としては、やっぱりスタバだけは敬遠したい気分。
現実的にお金が流れてるのかどうかはよくわからないのだが、
「ナベ〇ネが気に入らないから、読売は買わない」といった類の
非常に感情的なレベルの話であるとご理解下さい。


2014年7月18日金曜日

athlete's foot

英語では athlete's foot というらしい。
何のことかというと、水虫のことである。

そう。
私、水虫になりました!
誠にもってお恥ずかしいかぎり・・・。

このブログに書くのが相応しいかどうか、わからないのだけれど、
新しく別のブログを始めるガッツはないし、
ツイッターじゃまとめられないので、ここでカミングアウトして、
私の闘病記を残しておこうというわけです。

ひっそりと悩んでる方がいらっしゃったら、
「あなただけじゃないよ!」と肩をたたいてあげたい。
大袈裟ですが、そんな気分なのですよ。



そもそも、最初に異変を感じたのは6月の半ば。
足の小指と薬指の間がムズ痒いので、ポリポリと掻いてみると、
ポロっと皮が小さく剥がれた。
んん?と、少し嫌な予感がしながらも、
風呂上りでふやけてたし、痒みも大したことないし、
そういうこともあるかもなぁ・・・と自分に言いきかせた。

それからは入浴時に念入りに足を洗うようにしつつ、観察する日々。
そうすると、小・薬指の間だけじゃなく、親・人差指の間も、
角質化して皮がむけて赤くなっていることを発見。
更に、もう片方の足の小・薬指の間も。
普段は猛烈に痒くなったりはしないのだけれど、
お風呂上りは血行がよくなるせいか、痒みが増す感じ。

その観察の結果、6月末頃には、
「これって水虫じゃね?」と確信し、
放置していても治るようなもんじゃないということに思い至った。
もちろん、ただの素人判断なのだが。

とりあえず、ググってみる。

水虫というのは俗称で、正しくは足白癬(アシハクセン)という。
白癬菌という真菌の一種が足の皮膚を侵食して
炎症をおこしている状態が、いわゆる水虫なのである。
で、この白癬菌に対して効果のあるのが抗真菌薬で、
市販の医薬品でも完治が期待できるという情報を得た。
つまり、病院へ行かず、水虫なんて恥ずかしいことを誰にも知られず
こっそり治せそうだということ。
おー、ブラボー!

早速、大手ドラッグストアで「ラシミールプラス」
(抗真菌成分はテルビナフィン塩酸塩)を購入。
これが7月6日頃のこと。

その夜から、せっせと(しかしこっそりと)ラシミールを塗り塗り。
ここで大事なことは、炎症のおきてる患部だけに塗るのではなく、
足裏全体に塗るようにしなければいけない。
まだ発症していなくい部分にも白癬菌はいるので、
それらも根こそぎやっつけないと、完治にはいたらないからだ。

ラシミールプラスの使用感は、スーッと爽やかでムヒに似ていた。
しかも尿素が配合されているので、しっとりと保湿もできるし、
いやなベトつきもないので快適な使い心地といっていいだろう。
これを2ヵ月も続ければ、人知れず、水虫とはオサラバさ。
・・・と、このときの私は楽観していたのだが、そうは甘くなかった。



ラシミールプラスを塗り続けて5日ほどたったある日。
右手の人差指の側面にプツプツプツと、小さいぶつぶつが3つくらい。
とくに痒いわけでもなかったけれど、親指が当たる場所なので、
なんとなく気になって触ってしまう。
虫刺されでもなさそうだけど・・・。

その翌日、気付くと、指のぶつぶつが増えていた。
他の指の、やはり側面にぶつぶつぶつ。
反対の手を見ると、そちらにも!
これは、何だーーーっ!!!?

ひょっとして白癬菌が手で繁殖してるのか?
いや、いや、それはないはずだ。
頻繁に手洗いしてるから、例え菌が付いたとしても、
手指で繁殖するとは考えにくい。

薬剤にかぶれたのか?
それだったら、右手じゃなく左手の方がもっと酷くなるはずだ。
(右手でチューブを持って、左手で塗るのがマイスタイル)

そして、またまたググってみた。

そこで、これは「白癬疹(はくせんしん)」というものらしいと判明。
もちろん医者に行ったわけではないので断定はできないが、
症状から考えて、間違いなさそう。

白癬疹とは、白癬菌に対するアレルギー反応で、
手指(まれに体)に蕁麻疹のような水疱ができることがあるらしい。
患部が足なのに、反応が出るのが手。
不思議なもんである。

ひとまず、原因がハッキリしたので、ホッと安心。
アレルギーなら、アレルゲンである白癬菌さえ駆逐してしまえば
治ってしまうということだもんね。
痒みもほとんどないし、発疹も目立つほどじゃないから、
このまま頑張ろう!
これが7月14日のこと。


その二日後。
足白癬の状態は相変らずといったところだったけれど、
手の白癬疹がどんどん酷くなってきた。
指の側面には粟粒のような水疱がみっしりと並び、
更には親指の付け根から手首にかけての
掌側にも発疹の範囲が広がって、痒みも出てきた。
軽く熱を持ってようで、火照っている。

・・・ダメだこりゃ。

降参である。
やるだけのことはやった。
おまえはよくここまで持ち堪えたよ。
でも、もう潮時だ。
後はもう、専門医にまかせるだけさ。
きっとアイツらが上手くやってくれるさ。

と、よくわからん小芝居を心の中でくり広げながら、
皮膚科へ駆け込んだ。
これが7月16日。
ちょいとイケメンの先生に足の水虫を見られ、
素手で皮を剥かれるという羞恥プレイのような診察を受け、
すべては、私の予想どおりの診断が下された。
足は水虫、手は白癬疹。確定!
そこで、そのイケメン医師に
「市販薬を付けはじめてから、手に発疹が出始めたのはなぜか?」
という疑問をぶつけてみた。

白癬菌というのは糸状の細長い菌なのだが、
これが死ぬと、ぶつぶつと千切れるように壊れていく。
そのぶつ切りになった白癬菌の死骸に対して、
アレルギー反応をおこしているのだろう、ということ。
つまり、水虫については市販薬でも十分に効いていたということだ。

私がアレルギー体質でさえなければ、
ひっそりと、水虫は自分の胸だけにしまっておけたのかも・・・。

処方された薬は、
★ルリコンクリーム1%(一日一回、足に塗布)
★アンテベートクリーム0.05%(一日二、三回、手に塗布)
★ザイザル錠5mg(夜、服用)

イケメン医師によると、ルリコンは市販薬の5倍は効くらしい。
単純に今までの5倍も白癬菌の死骸ができるとすると、
アレルギー反応の方も相当なものが予想される。
そりゃたまらん。
なので、初めは抗アレルギー薬の服用もした方がいいだろう
ということで、ザイザル錠という内服薬も投入された。
アンテベートはステロイド剤。

この豪華ラインナップで、ただいま絶賛闘病中でございます。


2014年4月28日月曜日

空想無宿なダメ人間

久しぶりに、読んだ本のことを書きたくなった。

私の場合、読書に限らず何をするにおいても、ムラがある。
他のことが手につかないくらい夢中になっていたかと思うと、
ふっつりと糸が切れたように、止めてしまう。
それがまた、ちょっとしたキッカケで再び盛り上がったりと、
波のように、寄せたり引いたりを繰り返す。

読書においてもそんな感じで、今現在、ノリにノってて、
空き時間ができたら、とにかく本を開いている。
あいかわらずケチなので、買わずに図書館で
ごっそりと借りてきて、読み物を絶やさないようにして。

週末、夫が留守だったので、これ幸いと
ひたすら、読む、読む、読む!

そこで、嵌まりまくったのが、こちら↓


「李歐」 高村薫



ハードボイルドで、香港ノワールの匂いがする。
(実は、ほとんど見たことないのだけれど)
クライム・ノベルのようでもあるけれど、
ファンタジーでもある。
読んでいる間、ずっと大陸の風に吹かれていた。
この物語の世界感が、息苦しいほどにリアルに感じられて、
夢にでてくるほどだった。

ストレートに感情移入してしまえる人物は登場しないのに、
その世界の中に、いつの間にか入り込んでしまっていた。
桜の妖しい美しさに幻惑されていた。

困った、困った。
家で一人っきりで、こんなの読み耽っていたら、
私を現実に引き戻してくれるものがなく、
かなり遠くまで行ったきりになってしまった。
もちろん、飯も食ってねぇ。

夕方、夫が帰宅してアレコレ話しかけてきても、
あまりに遠くまで心が彷徨い出てしまっていた為に、
なかなかピンとこなくて、ちゃんとした返答が出てこず、
「大丈夫か?」と体調(頭かな?)を心配されてしまった。

ああ、結婚してて良かった。
夫がいるおかげで、私は現実に引き留められているのだな~、
とつくづく思う。
私一人だったら、地に足を着けて、現実を生きるということは
もっと困難なことだったかもしれない。

あぁ、まったく本ネタじゃないところに着地してしまった。
とにかく面白かったということですよ。
まー、そういうこと。




2014年2月17日月曜日

恥ずかしい話ですが 少しだけ病んでます

鬱々している。
いわゆる更年期鬱ってヤツなんじゃないかと思う。
イヤイヤながらも、会社に行ってる日はいいのだが、
休みになるとダメだ。
とにかく無気力。

インフルエンザで寝込んでしまって以来、そんな調子。
本当は掃除しなきゃいけないのだが、まったくやる気が起こらず、
今、我が家は散らかり放題となっている。カオス・・・。
幸なことに、夫はそんなことに頓着しない人間なので、
散らかった部屋でも、気にせず寛いでいる。
こんなとき、夫の無神経さに救われる。

昨日も一日中、ボーっとしていた。
山梨方面での雪害の状況に思いを馳せ、
雪の中で孤立するなんて、どんなに心細いことだろう、
と勝手に被災されてる方の気持ちにシンクロさせて、
更にどんよりとした気分に陥りながら・・・。

そうしたら、頭痛、吐き気に襲われた。
あっ、これは・・・!!!
脱水症状だ。
そういえば、起きてからずっと、飲み食いしていなかった。
あわてて水分を摂取したけれど、
ポカリのような吸収の早いものはなかったので、
すぐには治らず、横になる。

結果、楽しみにしていたライブをとばすことに。
はぁぁぁ・・・。
ため息しか出ないわ。

これって凄い悪循環じゃないか?
最悪だ。

たぶん、私の脳は、ライブに行く、生音を感じることによって
正常な状態を保ててるんだと思うのよ。
ライブで刺激を受けたときに、脳内で分泌される物質に助けられて、
なんとか正常に機能しているような気がするのだ。
セロトニンなのか、ドーパミンなのか、わからないけど、
何かしら脳の中で欠如しているものが補われていることは
間違いない。

だから、マジで、鬱々してるせいでライブに行けないなんて、
悪循環もいいところなのだ。
これは、私という個体の生命の危機的状況である。

今週末は、何が何でも出かけなくては。
・・・と自分に言いきかせている。